俳句と煎茶(対談)

黛まどか(俳人)&一可

 本対談は平成1611月京都法然院にて開催された煎茶俳句会終了後収録した

ものです。

 

 

一可  今日はお疲れ様でした。黛さんには今回と韓国での民族芸術学会の記念大会にもお

付き合いをいただきました。超過密スケジュールの中ありがとうございました。

  私も日韓文化交流のお仕事をさせていただいておりますが、双方の茶文化について

は知らないことが多いものですから学会に参加できたことは大変よかったです。大変

勉強になりました。また、今日のお茶会と句会のコラボレーションは初の試みでした

が、私は、大変楽しませて頂きました。

 

まどか 

一可 従来の煎茶の席では、句会のように、席題を決めそれに沿って道具を構成したりす

るのですが、これが創造力を欠かせるもとになるんですね。まぁ、定型化すれば楽

にはなるのですが…俳句はその延長線上にあると思っていました。ところが、まど

かさんの俳句にはそれがない。実際はあるのかもしれませんが、縛りのない、自由

な空気)を感じたんです。というので、今回のコラボレーションにお誘いしたわけ

ですが、今日は、ある程度できたという充実感を持っています。

   法然院という場所も良かったですね。

一可 「京の風に遊ぶ」と題しましたが、京都というより、法然院でやりたいという思い

がありました。金閣寺や銀閣寺ではだめ、他の寺にしても、それぞれの個性が邪魔

をするのですが、法然院にはそれはない。京都の中で、特異な存在だと思います。
        
一可

  私もここが好きで、京都に来るときはいつも寄ります。ジャズのコンサートをやっ

たりと、他に先駆けて開放しましたよね。お茶席にテーマや縛りを設けないという

考えにもぴったりくるし、ヘップバーンの「有季定型だけど横書きでOK」という

気風にもぴったり。古いけれど新しい。

  私は、皆さんがお茶を口にしたときの驚きの表情を見るのが楽しみです。私、初め

て先生の淹れてくださったお茶を頂いたとき、まさに世界が変わるような衝撃を受

けて、今でも忘れられません。

一可 お茶を淹れて肩を叩かれたのは初めてです(笑)。私としては、嬉しい反応ですが。

  あの時は大変失礼しました。あんまり美味しかったものだから、思わず叩いてしま

った。「何これ〜?」って(笑)。たった一口で大きな衝撃を受け、余韻がいつまで

も残る、そんなところが俳句と似ていると思いました。

一可 お茶の場合、余韻が余韻のままだと二流なのです。飲んだ後、「風が吹く」という言

い方をしますが、飲んだ余韻が違うものに変わらないといけない。最初にとろんと

したお茶そのものの味わいがあって、それが舌に残りつつ、喉を伝った後には胃の

辺りから「風が吹いてくる」ような余韻を感じる、そこまで変わらないと本物とは

いえないのです。)

  先生のお茶席は、佐賀、韓国に続いて3回目ですが、舞台装置も斬新ですよね。韓

国では枝モノの木をたくさん使っていらっしゃいましたが、今回は薄でしたね。

一可 「趣向」といったり「席飾り」といったするのですが。席飾りを考えるときにはや

はり民族行事のようなものを初めに考えますね。霜月の修験の山入りには薄が必ず

使われますし、そのほか月待ち、日待ち、いろいろな局面で使われます。

   薄は俳句の世界でも盛んに詠まれています。「山は暮れて野は黄昏の薄かな」という

のは蕪村ですが、他にも、芭蕉、一茶にも名句がありますね。

韓国茶礼

一可  いけばなの伝書の中で最も古い「花王以来の花伝書」というのがあるんです。40

くらいの作例が載っていて、それぞれに短い脚注を添えているものです。文明 16

に池坊に相伝されたということで池坊の成立を考える上で重要な伝書なのですが、

この中に風を表現した花形があるんです。やや低いコンポートのようなものに薄が

生けられていて、それも向こうに倒れるようにして入っている。薄だけ、他は何に

もなし。

句会風景

   不思議な花ですね。それって神様が通ったあとかしら。昔の人って、風をそんなふ

うに感じていたのでしょうか。

一可  きっと「風」は神様の化身なのでしょう。熊野神社の宮司の姓である鈴木というの

は薄に深い関係があるといいますが、薄はかなり呪術的要素の強い花だったようで

す。紙の記録が始まる前、私たちの先祖は「いけばな」の原型を板碑という形で残

しています。これは薄い板状の石に香炉やはなを彫ったものなのですが、ほとんど

薄ではないかと思わせるような彫り方なんです。

   韓国のお茶会のときにあちらの記者の方が質問されていましたね。何で席飾りはする

のかって。お茶を飲むときには普段と違った空間が必要なんだ、というようなこと

をおっしゃっていましたけれど。

一可  韓国の方に限らず外国の方に説明するのは難しいですね。さっきサインしていただ

いた「ここにあなたの・・・」というご著書ですが

   お買い上げありがとうございます

一可  いえいえ、これからどんどんネタに使わせていただきますので。この本の題名のも

とになった「星涼しここにあなたのいる不思議」の「星涼し」という言葉がいいで

すね。詠まれたのは本当に不思議な空間だったんでしょうね。「星涼し」という言葉

は共感覚をあらわしている良い言葉だと思います。中国語では「通感」、英語では

synesthesiaとよびますが、この感覚は表現の問題としてとらえられているのが一般

的ですが僕は感覚としてとらえています。僕たちは通常外部からの情報を五感を通

じてキャッチして行動しているわけですが、時と場合によってひとつの刺激が同時

に二つあるいはそれ以上の感覚に作用する。これを優れた感覚の鋭い文学のプロフ

ェッショナルは見事に言葉で表現する。       韓国中央博物館での茶会

   「星涼し」の句がそうなんですか

一可  実作者はその辺は無頓着ですよね。「涼し」は「目元涼しい」のような用例はありま

すが、普通は星は涼しいものではないんですよ。「視覚」のものが体感の言葉に変わ

っていますね。

  なるほど、ということは芭蕉の「海くれて鴫のこゑほのかに白し」は共感覚ですね。

一可  ハハハそうそう。というわけで煎茶は茶を喫するのに、この共感覚が得られるよう

な状態を作っていく。もちろん体感できたとしても万人が表現できるわけではあり

ませんが。場、茶、しぐさがそれぞれ最高なものに達したとき、茶は口中に風をよ

ぶといいます。甘露が喉を通過して、しばらくしてから口の中に風が吹くといいま

す。

  口の中を風が吹くってロマンチックですね。共感覚を得られるようなシチュエーシ

ョンをつくる作法というかノウハウというか。そういうものは伝承されているんで

すか。

一可  煎茶会が大規模な席飾りをするようになったのは幕末から明治の初めです。青湾茶

会という会を田能村直入が主宰しました。直入は竹田の養子で京都美術学校の創始

者です。したがって煎茶の手法としては150年程度のものですね。

   150年といってもそれまで培われた知恵やわざを大成させているんでしょうね。何が

ポイントになるんでしょう。

一可  「匂い」ということでしょうか。「匂」という字は国字ですよね。元の字はどの字か

ご存知ですか。

   「堰vという字は見たことがありますね。蕉風俳諧では「においつけ」という言葉

がありますけれども、この文字を使った用例を見た気がします。

一可  そうですね。人は生命力のあふれた「もの」「こと」に触れたり、例えば、自分の普

段の生活にはない異空間にに入って「美しい」ものを見ると感覚は視覚を飛び越え

て音を感じたり匂いを感じたりします。

黛   私は星空を見ているとよく音を耳にします。特に流れ星の音ってしますよね。

一可  オーラという便利な言葉がありますが、共感覚はそれより一歩進んだ状態です。こ

のプラスαを発生させる手法として最も多用されるのが繰り返しです。規則正しく

同じリズムで物を置く、芸道では特別な手法で物を置くことを立てると言いいます

が。

  自然の中にある原景色の持つリズムを再現させるんですね

一可  原生林の中に入って樹形が連続して目の前に繰り広げられれば誰だって陶酔感は出

てきますよね。黛さんが住まわれている町の裏の尾根の向こう側に丹那という集落

がありますね。そこの紫井の池あたりの風景はものすごいプラスαを感じさせる場

所です。江戸幕府は絶対に丹那の樹木は切らせなかったそうですが、今僕たちはそ

の恩恵を受けていてその樹木の連続性がすごいんですね。

  私の父は田園風景をよく詠む俳人ですが、丹那は“作句工房”のようなもので、お

気に入りの場所で、よく出かけます。私も丹那は大好きなところです。

一可  中国ではこのプラスαを「堰vという字で表現したようです。今の中国人に「堰v

の文字でどんなイメージが想像できるかを聞いてみると「響」に近いようなイメージです。

日本流に言うと余情なのでしょうか。中国人は視覚を聴覚で感じやすいんでしょう

か。この「堰vが日本に入ってくると、「匂」にかわって嗅覚をあらわすようになる。

「光源氏」や「藤壺」は匂うがごとく美しい人になるわけです。いつか二感だけで

なくて五感が全部シンクロされるような俳句煎茶会をいつかしたいですね。

   また、ご一緒させてください。