えんとむえんのかい パート2
私は茶会の席飾りによく鏡を用いる。最初に使ったときは東京美術クラブで、壁面いっぱいに大きな鏡の部屋があり、それならば点前がよく見えるようにと点前の座を鏡に向かわせ席をつくり、客の座からは点前の裏側まで見えるようにとつくったのが始め。いまから二五年も前のことで、思えば幼稚で恥ずかしい限りである。
初めてフランスのベルサイユ宮殿で鏡の間に立ったとき、外の庭の景色を室内に取り込むというとてつもないスケールに驚いた。
鏡の間はダンスをする部屋(回廊?)として機能したようだが、この演出はさぞかし踊るものも、見るものをうっとりさせたに違いない。最近、宮殿は美しく修復され鏡の効果も往時に戻ったとのことだが残念ながらまだ拝観の機会にはよくしていない。
もっとも多くの観光客がぞろぞろと歩いたのでは、かえって興ざめになってしまって私のイメージが損なわれてしまうかも知れない。
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鏡が面白いのは、リアリティーとバーチュアルの対比が面白いのに加えて、リアリティーでもないバーチュアルでもない不思議な幻想的な世界が創れるからである。花をいけると花はいつもよりはっきりと形を表してくるし、さらに鏡を重ねると様々に分解され組み合わされて新しい形を奏でるようになる。鏡の中にいる虚像と、鏡の前に座る実像が妙に一致して自分の座る位置がふわふわと揺れてくる。そんな中で茶を喫んでいると脳の回転がやたらはやくなり、イメージがどんどんと浮遊していくのだ。
昨年と同じく、今川憲英さんがリニューアルさせた祇園、松八重さんの鏡庵で茶游をおこなった。昨年は「巡行」、今年は「宵山」の日、七月一六日。今川さんは外科医的建築家と自己紹介をされる建築構造設計の第一人者である。松八重さんは京都祇園花見小路のお茶屋さん、四条通から南に建仁寺方向に入ったところにある。
祇園の街並みはみなほぼ間口三間ほどの家が続いていて、通りから見るとほとんど長屋のように連なっているのだが、格子戸を開けるとそれぞれが別棟であることがよくわかる。松八重さんは建てられて約100年、舞妓さんが踊ると床がみしみしと軋むというので構造のプロが出陣した。基礎を点検してみると柱は土台からはずれ「梁」も怪しい。松八重を末代までも続かせねばと康子お母さんの肝いりで構造補強をし、リニューアルをさせることになった。今川さん特許の矩形の枠のようなもので補強をしていくのだが程なく松八重の建物は再生した。
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格子戸を開ける。ガラス戸を開けるが反応なし。
手を打つ。ポンポン。
お母さん、仲居さんが登場。
「まあ、先生ようおこしやす。〠
残念。「お帰りなさい」ってまだ言われないね・・・・
予定より到着がだいぶ遅れているので早速二階の鏡庵
へ入って道具組・飾り付け。
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床は松村呉春の煎茶の図。京都四条派に肖り、また客人の一人が豊中から来られるのに肖る。
香炉を飾り趣を変え、盆石用の真塗り長板を茶具褥代わりに。素焼きの涼炉に真葛の花月急須を乗せ、銀の水注を対応させる。
柱前に先代愛用の桐盆に梨地の煎茶入れ、松の茶量で松を重ねる。
煎茶碗は景徳の白磁、抹茶碗は宋代の天目釉。茶匙は颱風4号に合わせ季節はずれだが銘「野分」である。
一六時の予定をやや遅れて開始。宵山ながらの行者餅の山椒の香りを気付けに、瀬戸山さんから届いた橋弁慶山のちまきを膳に飾る。幕開けに舞妓、芸妓さんたちに双指し舞ってもらう。煎茶の淹れ方の小講の後、鏡庵で客人入れ替わり通して茶席三席をする一方広間で、やすみりえさんの川柳会。今日の川柳お題は「かさね」、何とも粋な題である。 程なく達者な人たちの五句が選ばれ、後藤可桑さんの
・ 祇園会に茶碗重ねる鏡の間
が今日の大賞として選ばれる。
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続いて煎茶の淹れ方コンテスト。淹れ方の小講とテキストを参考にして客人が腕比べ。それぞれが三碗を淹れ、今川さん、やすみさん、そして一可が行司役。一可が持ち点5点。お二人が3点で行司する。点がバラバラになると思いきや松岡浩子さんが8点を獲得してチャンピオンに就任。
というわけで終了予定が六時半の処、実際に終わったのは八時を回り、さぞや花代も超過したのではないかと案じながら・・・。
川柳会で康子お母さんが詠んだ句は
重々と悪かったよと舌を出し
この句は今川さんのことを詠んだのだそうだがみんなで舌を出してお開きをした川柳茶会でした。
宴の後、なかなか客人は帰路に就かない。玄関脇のバーに入って、白州次郎氏の愛飲していたシングルモルト樽から瓶詰めしたウィスキーをなめながら余韻に浸る。「白州次郎」と瓶にかかれたこのウィスキーは、スコットランドのアイラ島で醸造されたものである。アイラ島はスコットランドグラスゴーの西とジュラ島のさらに西に位置する。スカイのタリスカーのようにスモーキーなものだがはるかに旨味とこくがある。この上もなく品がよく、煙たさが鼻につかない味わいである。アイラには私が知るだけで8種ものシングルモルトが存在するが、その中から私にとっては未知のこの酒をチョイスする白州の舌はただ者ではない。白州氏はこの銘酒を何10樽という単位で輸入していたそうだがスケールがでかい。みんながジョニ黒がうまいなんていっていた時代にである。
Ardbeg・Caol Ila・Bunnahabhain・Bruichladdich・Bowmore・Port Ellen・Lagavulin・Laphroaig
やがて時間は過ぎてゆき、外では宵山の最後を飾る日和神楽の練り歩き。花見小路には長刀鉾のお囃子である。お茶屋さんにあがった舞妓さんや芸妓さんたちが、ご贔屓さんと一緒に小路に出てきて一幅の絵を描いている。舞妓は神楽の鉦と太鼓の音を幾重にも重ねられた襟元の間に音をしのばせながら見物をしているようだ。
折からの小糠雨。男女を問わず、相手を問わず皆相合い傘である。
鉦は「明日天気になーれ」「天気になーれ」と奏でている。
小糠雨 日和神楽の 季(とき)重ね
襟先に 小糠の滴 忍びより 一可

